バレーボール界で注目を集める蓑輪幸さんをご存知でしょうか。
身長195cmという圧倒的な存在感と確かな技術力で、日本のVリーグを席巻している選手なんです。
フィリピン出身ながら2024年に日本国籍を取得し、今後の日本代表入りも期待されている逸材でもあります。
そこで今回の記事は、
こちらの内容でまとめていきます。
【バレー日本代表】蓑輪幸の経歴や生い立ちは?

蓑輪幸さんの人生は、まさに国際的なバレーボール選手としての軌跡そのものといえるでしょう。
フィリピンで生まれ育ち、姉の影響でバレーボールと出会い、そして日本で新たな人生を歩み始めた彼女の経歴をご紹介いたします。
- 名前:蓑輪 幸(みのわ さち)
- 旧名:アライジャ・ダフニ・アントニオ・サンティアゴ(Alyja Daphne Antonio Santiago)
- 生年月日:1996年1月20日
- 年齢:29歳(2025年6月現在)
- 出身地:フィリピン・カヴィテ
- 国籍:日本(2024年8月取得)
- 身長:195cm
- 体重:72kg
- ポジション:ミドルブロッカー(MB)/アウトサイドヒッター(OH)
- 利き手:右
- 最高到達点:スパイク319cm、ブロック302cm
- 愛称:ジャジャ
- 背番号:3
- 所属:大阪マーヴェラス(JTマーヴェラス)
蓑輪幸さんは1996年1月20日、フィリピンのカヴィテで誕生しました。
幼少期は「優しくて家族思い」な性格で育ち、家族との絆がとても深い環境で成長されたそうです。
兄弟や家族の誕生日、亡くなった祖父にちなんだラッキーナンバー(3と18)を大切にしていることからも、家族を何より大切にする価値観が伺えます。
13歳からバレーを始めた
バレーボールとの運命的な出会いは13歳の時でした。
姉のアレオナ・サンティアゴさんの影響で競技を始めたのがきっかけだったんです。
スポーツ一家に育った蓑輪幸さんにとって、バレーボールは自然な選択だったのかもしれません。
2014年、18歳という若さでフィリピン女子代表に選出された蓑輪幸さん。
国内クラブの「フォトン・トルネーズ」などでプレーし、フィリピンバレーボール界を代表する選手として名を馳せていきました。
身長195cmという恵まれた体格と、それを活かした技術力で、早くから国際舞台での活躍が期待されていました。
埼玉上尾メディックスに入団
2018年、蓑輪幸さんの人生に大きな転機が訪れます。
日本のVリーグ、埼玉上尾メディックスへの入団が決まったのです。
来日当初から主力選手として期待され、すぐにチームの中核を担う存在となりました。
2019年には一時的にフィリピンリーグに参戦することもありましたが、再び埼玉上尾メディックスと契約。
日本のバレーボール界で着実に実績を積み重ねていきました。
結婚し日本国籍を取得

2022年、蓑輪幸さんはバレーボール指導者の蓑輪貴幸さんと結婚されました。
そして2024年8月、ついに日本国籍を取得!
選手登録名を「蓑輪幸」に変更しました。
これまでの「アライジャ・ダフニ・アントニオ・サンティアゴ」から日本名での新たなスタートを切ったのです。
同年には日本女子代表の強化合宿に練習生として参加するなど、将来的な日本代表入りへの道筋も見えてきています。
フィリピン代表としての豊富な国際経験と、日本Vリーグで培った技術を併せ持つ彼女の代表入りは、多くのファンが期待するところでしょう。
競技面だけでなく、蓑輪幸さんの人柄も多くの人に愛される理由の一つです。
バレーボール選手でなければ「旅行好きの普通の人」になっていたと語るなど、穏やかで多趣味な一面を持っています。
また、料理が得意でフィリピン料理の「シニガン」やパスタを作るのが好きだそう。
日々のルーティーンとして掃除や整理整頓を欠かさない几帳面な性格も、プロアスリートとしての自己管理能力の高さを物語っていますよね。
【バレー日本代表】蓑輪幸の学歴は?

学生時代から既にスター選手として注目されていた彼女の学歴をご紹介しましょう。
蓑輪幸さんは、
フィリピンの名門校「ナショナル・ユニバーシティ(National University)」
の出身です。
この大学はフィリピン国内でも有数の強豪バレーボールチームを擁する教育機関として知られており、多くの優秀な選手を輩出してきました。
蓑輪幸さんも在学中からバレーボール部に所属し、その才能を開花させていったのです。
学生時代の蓑輪幸さんは、大学リーグでスター選手として圧倒的な存在感を示していました。
ナショナル・ユニバーシティでの活躍により、フィリピン国内でその名前が知られるようになったのです。
特に195cmという身長を活かしたブロックやスパイクは、大学リーグでも群を抜いていたそうです。
在学中の2014年には早くもフィリピン代表に選出されるなど、学生ながら既に国際レベルでの活躍が期待されていました。
残念ながら、蓑輪幸さんの小学校・中学校・高等学校についての具体的な情報は現在のところ公開されていません。
しかし、13歳でバレーボールを始めたということから、中学時代には既に競技に取り組んでいたことがわかります。
スポーツ一家に育ったという背景からも、学生時代を通じてバレーボールに打ち込める環境が整っていたことでしょう。
【バレー日本代表】蓑輪幸の受賞歴もリサーチ!
蓑輪幸さんの輝かしい受賞歴は、彼女がいかに優秀なバレーボール選手であるかを物語っています。
日本のVリーグで数々の個人賞を受賞し、チームの勝利にも大きく貢献してきた実績をまとめてみました。
蓑輪幸さんが日本のVリーグで獲得した主要な賞は以下の通りです。
年度 | 所属チーム | 受賞内容 |
---|---|---|
2021-22 | 埼玉上尾メディックス | ブロック賞、フェアプレー賞 |
2022-23 | 埼玉上尾メディックス | ベスト6、フェアプレー賞 |
2023-24 | 大阪マーヴェラス | 敢闘賞、スパイク賞、ブロック賞、ベスト6 |
蓑輪幸さんにとって記念すべき初の個人タイトル獲得となったのが、2021-22シーズンのブロック賞でした。
埼玉上尾メディックス所属時、1セットあたりのブロック決定本数0.81本という素晴らしい数字を記録。
この成績は他の選手を大きく上回るもので、ブロック技術の高さを証明できたというわけです。
同シーズンには「フェアプレー賞」も同時受賞。
技術面だけでなく、スポーツマンシップにおいても高く評価されたことは、人格面でも優れているということですね。
翌2022-23シーズンも埼玉上尾メディックスで継続してプレーした蓑輪幸さん。
このシーズンでは「ベスト6」に選出され、リーグを代表する選手となりました。
「フェアプレー賞」も2年連続で受賞しました。
ベスト6の選出は、ポジションを問わずリーグ全体で最も優秀な6名の選手に贈られる名誉ある賞。
この受賞により、蓑輪幸さんが単なる外国人助っ人ではなく、日本バレーボール界の中核を担う選手として認められたことがわかります。
2023年に大阪マーヴェラス(JTマーヴェラス)へ移籍した蓑輪幸さんは、新天地で更なる飛躍を遂げました。
このシーズンの活躍は目を見張るものがあり、なんと4つの個人賞を同時受賞するという快挙を成し遂げたのです。
「敢闘賞」「スパイク賞」「ブロック賞」「ベスト6」という主要な賞を独占した背景には、圧倒的な数字がありました。
ブロック決定本数は1セットあたり0.84本と前年を上回る成績を記録。
さらにアタック決定率55.8%という驚異的な数字で、攻撃面でも大きな貢献を果たしたのです。
これらの輝かしい受賞歴は、蓑輪幸さんが日本バレーボール界でいかに重要な存在であるということでしょう。
日本代表入りが実現すれば、国際舞台でも新たな受賞歴を築いていくことでしょう。
まとめ
今回の記事は、
・蓑輪幸のwiki経歴や生い立ち
・蓑輪幸の学歴
・蓑輪幸の受賞歴
こちらの内容でまとめました。
蓑輪幸さんは フィリピン・カヴィテで生まれ、13歳でバレーボールと出会い、姉の影響を受けながら才能を開花させました。
ブロック賞、スパイク賞、ベスト6、敢闘賞、フェアプレー賞と数々の個人賞を受賞し、技術面でも人間性でも高く評価されている蓑輪幸さん。
195cmの長身を活かした圧倒的なプレーと、「優しくて家族思い」な人柄は、多くのファンに愛され続けています。
今後は日本代表としての活躍も期待される蓑輪幸さんの更なる飛躍を、心から応援していきたいと思います!
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